スポーツドクター辻先生講演会



第54回栄光祭の初日、2001年5月12日2時45分から4時15分まで、栄光学園北棟3 階LL教室(旧美術教室)で、28期卒業で、エミネクロスメディカルセンターを主催して いる辻秀一先生の講演会がありました。
講演タイトルは「スポーツに学ぶ、本番で自分の実力を発揮する方法」で、老若男女通じ て、ためになり、また、力の沸く講演でした。



辻先生は14代続く医者の家系でしたが、特に自分の進路を決定するに当たり、家族から医 者になることを強要されるようなことはなかったとのことでした。しかし、国語が苦手で も合格できそうで、バスケットも強い医学部もある総合大学というと、北海道大学か金沢 大学という選択肢しかなかったそうで、彼は北大を目指し、合格します。
卒業後、慶応大学の内科に進みます。卒業当時、スポーツが好きなドクターの多くは整形 外科を希望したそうです。内科の勉強をする間に、骨粗鬆症と運動の関連を研究する機会 に恵まれ、仕事である内科とスポーツの接点を見いだします。
慶応大学の日吉キャンパスで研究する傍ら、慶応体育会バスケットボール部のチームドク ターとしてコンディション作りや健康管理を行い、年数回渡米してアメリカにおける栄養 学などの学問を追求しました。

そこで、アメリカにおける「体を育てることによる、エジュケーション」ということが、 日本の体育と違った見識をもっていることを知ります。辻先生のスポーツの考え方は、次 の要点からなります。

1. スポーツは医療である
スポーツをすることによって、元気になる人もいる。ところが、見るスポーツも人を 元気にしてくれる。たとえば、イチローの活躍なども普通の人を元気にしてくれます。
2. スポーツはコミュニケーションである
団体でするスポーツはもちろん選手間のコミュニケーションが重要です。しかしなが ら、スポーツによって観客のコミュニケーションが盛んになることもあります。たとえば、 巨人戦の話題で、職場の会話が盛り上がることがあります。
3. スポーツは芸術である
スポーツによって自己表現することができる。また、芸術がスポーツになってきました。 シンクロナイズドスイミングや新体操は体で美を表現しています。
4. スポーツはエジュケーションである
競技のパフォーマンスは、体力などの能力だけでなく、人間性や社会性を兼ね備えな いと最高の結果を引き出せなません。最高の結果を引き出すことは、調和のとれた人間を 形成することに役立ちます。



最近のオリンピックでは、予選段階でよい結果を出している選手が、本番でプレッシャー により、よい結果を出せないことがあることが知られてきて、スポーツ心理学という学問 が注目されるようになってきました。スポーツ心理学には、2つありますが、主に次にあげ る前者が日本では中心に考えられてきました。
1. クリニカルスポーツサイコロジー
2. エジュケーショナルスポーツサイコロジー
前者は、スポーツで故障した選手などの心理的リハビリテーションなどを研究する学問で す。辻先生は、後者に着目しています。

エジュケーショナルスポーツサイコロジー、教育とスポーツ心理学には、どんな関係があ るのでしょうか。

それは、スポーツの結果を高めるには、肉体的なトレーニング以外にエジュケーション(教 育という人間を高める心の訓練というイメージだと思います)が必要という考え方です。
まず、スポーツの記録や結果はすべてふさわしい結果がでたということです。どんなに、 トレーニングをして、肉体的能力が高くても、セルフイメージが高くないといい結果が出 ません。セルフイメージのことを辻先生は「社会力」と定義しています。つまり、競技場 (社会)には、自分以外に敵、審判、マスコミ、客、競技場のコンディションなど、競技 者の能力を阻害する要因がいくらでもあるわけです。逆に観客は、時として応援してくれ て、味方になることもあります。この、社会をマネージメントして、自分の味方にできる 人を「社会力の高い人」と、定義します。

どうしたら、社会力が高くなるのでしょうか?そして、どうしたら自分の能力を最大限に 発揮できるのでしょうか?

それは、エジュケーションにあるわけです。

自分の学力、能力、競技力、スキルをIQ(Intellectual Quotient)、または、下意識と呼び ます。セルフイメージのことを、EQ(Emotional Quotient)、または、社会力と呼びます。
下意識を向上させるには、トレーニングをするなど時間がかかります。与えられた、トレ ーニング項目を考えもせずこなすことが、若年層には効果的です。ところが、一流になる ためには、人間にとって限られた時間を有効に、すなわち時間の質を高めて使うことが重 要になるわけです。時間の質には、環境、他人、自分という要素があり、変えられるのは 自分だけです。よい結果が出せないことを他人のせいにしたり、天気のせいにしたりする ことは多いのですが、よい結果を出すためには、結局、自分を変える心の習慣を付けるこ とが重要ということになります。この、心の習慣のことを「やる気」といいます。
日本の体育会系の競技者は、若いときからトレーニングを無条件にさせられているので、 「考えない力」が付いているそうです。時間の質、やる気を高められず、世界の一流競技 者の結果にかなわないと、辻先生は考えています。
他人から強制されてやる気になる(外圧的動機)こともありますが、自発的にやる気を出 す(内発的動機)ことが、一番重要で、効果的です。しかし、辻先生は内発的動機を持つ ことは一つの能力だともいっていました。



内発的動機の要素には、次の点が重要です。
1. 変化、成長、発見、学習への喜び
現代は、結果重視ですが、結果は変化の集大成です。結果は、変化プロセスの一時的 な断面です。変化や成長こそ重要で、それを他人からほめられることが、より一層の やる気を引き出します。日本のスポーツは反省会が好きで、試合の後、どこが悪かっ たのか徹底的に追及します。そうすると、次の試合で、また、悪いところが出たらど うしようと悩み、よい結果が出ません。
2. 好きである
好きであるということは、よいところを見る力を付けることだと辻先生はいいます。 何をするに於いても、苦しいことや辛いことがありますが、おもしろいことやよいこ とを見つけることができると、下意識の育成にも時間の質を高めて望むことができま す。

最後に、社会力の法則について述べて、講演を締めくくりました。
社会力には、時間要素と他人要素があります。

まず、人間は社会力に於いて時間の区別ができないという法則を説明しました。
勝利の方程式は、「今すべきことをする」ということだそうです。時間は現在、過去、未来 があります。つまり、「今すべきことをする」というときに、今していることは、過去失敗 したから、また失敗するのではないかという後悔、今していることは将来どうなるかとい う不安など、時間を飛び越えて、今しようとしていることにマイナスの思考をしがちです。
時間軸を今に戻す癖をつけ、マイナス思考を払拭することが、勝利への道だと力説しまし た。
つぎに、他人にしたことは帰ってくるという、ミラーイメージの法則を説明しました。
文句、愚痴など、他人にネガティブなことを与えると、それは、そのまま自分に戻ってく る。また、敵であろうと感謝、応援をすると、それも、自分に返ってくるそうです。
シドニーオリンピックのマラソンランナー高橋尚子さんは、沿道の観客がいるから自分が 走れる、競争相手がいるから自分も頑張って走れるという思考をするそうです。その高い 社会力が、彼女に金メダルという結果をあたえたということだそうです。

文責:28期石川

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